ウォルマートがドイツで失敗した理由
アメリカ大手ウォルマートがドイツで失敗した理由からドイツ文化について考えてみました。
アメリカ大手スーパーチェーンのWalmart(ウォルマート)。
世界27か国、12,000店舗を展開するモンスター級の会社が、1990年代後半、ドイツでの展開に失敗し撤退を余儀なくされました。この大企業がドイツから撤退した理由を読み解くと、少しだけドイツ文化を垣間見ることができると思います。
Contents
背景
1997年アメリカ大手のウォルマートがドイツに一号店を出店しました。当時ウォルマートはメキシコで従業員数1位、カナダでは三番目に大きなリテールチェーン、同じヨーロッパであるイギリスでも国内2位のASDAの傘下に入るなど、国際的にも成功を収めていた会社でした。
満を持してドイツへの進出を開始したウォルマートですが、わずか9年後の2006年に10億ドル(日本円にして1000億円)の損失を出しドイツからの撤退を余儀なくされました。
ウォルマートがドイツで失敗した理由
1.法律による規制が厳しい
①営業時間の規制
・24時間営業禁止
・日曜祝日は営業禁止
キリスト教の習慣や、従業員を守る側面からドイツでは小売業やサービス業に対し厳しい時間規制を設けています。アメリカや日本のように営業時間での他社との差別化が難しかったのです。
②州によって法律やルールが異なる
・バイエルン州では20時まで、NRW州は22時までなど州によってルールが異なる
・祝日の数も州によって異なる
ドイツ国内でのオペレーションを統一化しにくく、ドイツ文化に沿った戦略を練り直す必要がありました。
2.地元の会社との競争が激しかった
ウォルマートはドイツ展開当時、ローカルスーパーでシェア率の高いAldiやLidlよりも価格を下げることで競争に勝とうとしていました。この価格戦略はドイツ市場を破壊し、地元企業を衰退させることを目的としているとして、ローカルスーパーの事業主らにより告訴され、ウォルマートはその裁判に負けてしまいます。それにより、価格を引き上げるよう裁判所命令が出され、全体的な価格を落とすことによる価格競争はできなくなってしまったのです。
3.人件費が高い
スーパーマーケットの店員と聞くと、最低賃金や安い時給、給料で働いてるなんてイメージがあると思います。実際日本でも、スーパーのレジ打ちといえば、学生のアルバイトやパート主婦のイメージも強く、そこまで高給取りとは感じないのではないでしょうか。
ところが、ドイツのスーパーで働く従業員の平均給料は想像よりもずっと高いのです。最近のデータでは、NRW州のAldi-südのレジや品出しの従業員は、州の最低賃金+毎月平均で135€の特別手当に加え、休暇手当や交通費の支給があり、店長クラスになると平均で3719€、賞与を含めると毎月約4827€が給料として支払われています。(出典:https://www.merkur.de/leben/karriere/gehalt-viel-verdient-eigentlich-aldi-lidl-zr-8781110.html)
組合や労働者の立場がより強いドイツでは、労働者はかなり守られ主張のできる立場であることも要因の一つでした。
これは2020年のデータなので当時のものとは相違があるかもしれませんが、アメリカの人件費より幾分高かったことが伺えます。
4.接客スタイルが合わない
ウォルマートは南アメリカの企業であるため、サザンホスピタリティが強く、フレンドリーでいつも笑顔、お客様は友達!というような接客スタイルを従業員にも教育していました。
このフレンドリーな接客はパーソナルスペースを大切にするドイツ人にとってはかなり奇妙で居心地の悪いものでした。嘘の笑顔や、無駄に高い声、元気な挨拶、レジでのスモールトーク、どれを取ってもこの接客スタイルがドイツ人には合わなかったのです。ドイツ人にとってお客様は神様でも友達でもなく、どこまでもただの客であるということです。
5.厳しすぎるEthics Code(倫理的ルール)
ウォルマートの企業文化では以下のような倫理的ルールが設けられていました。
- 始業前に従業員が集まり、「ウォルマート!ウォルマート!ウォルマート!」と叫びながら全員でジャンプする。一体感や情熱を体で表し、始業前に気合を入れる儀式
- 従業員同士の恋愛や交際は禁止
- 従業員同士内でルール違反を発見したら速やかに上長へ報告し、ルールに従えない従業員は解雇
- 従業員に対し監視カメラを設置する
ウォルマート!と叫ぶ儀式はもちろん、恋愛や私的なことに会社が干渉し、お互いを監視し合わなければならない職場は、従業員にとって良い職場とは言い難い状況でした。会社内の秩序を守るためとはいえ、いきすぎたウォルマートの倫理観は、良くも悪くも「個人」を大切にするドイツ文化と合いませんでした。
また驚くことに、ドイツの現行法では雇用主が従業員を監視カメラで撮影し監視することは権利侵害であるとし、禁止されています。スーパーでも客の姿はカメラに収められていますが、従業員の姿は映らない位置にカメラが設置されています。
6.組合とうまくいかなかった
ドイツでは組合と会社との関係は非常に近いものがあります。日本のように形式的な労働組合ではなくかなり実行的な権力を持っているのが特徴です。ドイツの組合はその産業や会社の利益や成功よりも、そこで働く労働者の労働環境や幸福度を重視する傾向にあります。それが侵害されていないか常に組合は会社を監視しているのです。
このようなドイツの会社と組合の関係からすると、ウォルマートの「従業員同士の交際禁止・監視カメラの設置・従業員間での報告制度、朝礼でウォルマート!と叫ばせること」は明らかな労働者の権利侵害であり、共産主義的な企業であるとレッテルを貼られてしまったのです。
ウォルマートはドイツの産業裁判所より上記の社内ルールを廃止し、改善するよう命令を下され組合やドイツ社会と、うまく折り合いをつけることができなくなってしまったのです。
ウォルマートとドイツ文化(私見を含む)
こうした理由からウォルマートはドイツからの撤退を余儀なくされました。
日本人の私の感覚からすると、たしかに利益を追求しすぎるのは良くないことですが、資本主義経済の中で価格やサービス面で競争しようとするアメリカ企業の姿勢は理解できなくもないです。ですがやはり、地元企業やその国の文化・人・性質を無視することはできないと思うのです。「郷に入っては郷に従え」というように、アメリカよりも保守的な考え方を持つドイツで、アメリカのビジネススタイルをありのまま受け入れるのは難しかったのではないかなと思います。
労働者の立場が非常に強い(反対に言えば会社の立場が弱い)ドイツで、従業員の行動を監視したり制限する行為は、資本主義云々ではなくドイツ人的には人権侵害ともいえるレベルで受け入れ難いものだったのかもしれません。
もちろん人によると思いますが、普段のドイツスーパーの店員さんを知っているドイツ在住の筆者からすると、ドイツ人スタッフ達が「ウォルマート!ウォルマート!ウォルマート!」とジャンプしながら大声で叫ばされているのを想像すると、かなり気の毒な感じがしてしまうのは私だけではないはずです笑
またとりわけ興味深いのは、「フレンドリーな接客に違和感を感じる」というのはかなりドイツ人っぽいと言いますか、ドイツらしい反応だなと思います。2021年の現在と当時の様相は違うと思いますが、やはり現在のドイツにおいても、いい意味でも悪い意味でも個人主義で合理的、少しドライな性質は根強いのかなと感じます。
まとめ
ウォルマートのドイツでの敗因は、ドイツ文化を無視し、地元の企業や人を理解できなかったところにありました。
膨大な富や知識があっても、地元の人に愛され受け入れられなければそれ以上繁栄することはできない。目先の利益ではなく、その土地にいかに還元し利益をもたらすかが大切で、これって本当に様々な場面で言えることで、なんかめっちゃ深い教訓のように思います笑
▽参考サイト/ビデオ:https://www.merkur.de/leben/karriere/gehalt-viel-verdient-eigentlich-aldi-lidl-zr-8781110.html